中沢機械店
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昭和57年 創立33周年祝賀会
社史
昭和50年代 展示会
インター、シバウラがメイン商品
平成元年 ルノー輸入開始
長野県松本市 シバウラ工場視察
昭和59年 長野県 社員研修旅行
平成2年 中沢政温会長 フランス視察
平成2年 フランス
平成8年 中沢貞夫社長 ドイツ視察
平成12年 ドイツトラクター販売開始
平成7年 フェント輸入開始
平成14年 韓国デドントラクター販売開始
平成16年 創立55周年祝賀会
平成18年 フランス サルキー社 70周年式典参加
平成18年 帯広農機展に出展
平成17年 中古クラースコンバイン直輸入販売
平成17年 クラーストラクター販売開始
お得意様各位の暖かいご支援により今日
(有)中沢機械店もお蔭様で35週年の発展
をとげてまいりました。顧みますと私は戦時
中東京から兵庫県西宮市甲子園に移り住ん
で居り、軍需産業の下請けとして、又エンジ
ニアとして活躍しておりました。
昭和20年春以来、米軍による空襲は日増し
に激しくなり、7月には昼夜の隔てなく無差
別に攻撃してくるので、家族の安全を考え、
本土最悪の条件下に家内の実家端野村に
幼い長男・次男を連れて疎開して来たので
あります。
当初はすぐに帰る予定で着の身着のままで
帰郷したものの、青函連絡船で渡道したあと、
その船は青森に帰港後、撃沈され最後の客
船になったのであります。
8月4日に家族と共に端野に着いたものの、
帰りの切符も取れず終戦となり、止むを得ず
農家の手伝いをして正月を迎えました。
当年は冷害の為大凶作で、北見地方は米
一粒も取れず、敗戦に追打ちのかかった有
様で一冬越したものであります。私は再度
本州に渡って自分の技術を生かしたい希望
は捨てなかったものであります。
しかし、翌21年は思い切って食料増産に一肌
脱ぐ決心を固め、慣れぬのと、農作業に適し
た農具の無いまま、向3ヵ年農業を営んだの
であります。
その間、農家の方々から農発の故障修理等
を頼まれる事が多くなり、その度毎に皆様か
ら端野に店を出して欲しいと云われました。
私の心境も変わり、農業機械と取り組んで農
家の皆様に奉仕致そうと決意し、端野村市街
に土地と建物を確保し、昭和24年4月1日に
開店致しました。
幸にして開店当日から一人の店員が入ってく
れ、以来家内の協力を得て目的に向かって
精進が始まったのであります。
終戦の直後でもあり日本の農業も最低の状
態にあり、収穫機を所有する人は数える程で
した。
しかし、年毎に平和を取り戻し、農家は小作
制度から開放され自作農家となり、食糧増
産に依る収入も多くなってきました。
当時の農家の収入源の一つには何と云って
も非農家の食料不足による闇値で買付けに
来る買出し部隊お陰が大きかったように思
われます。
その頃、工業界も平和産業にと切り替わり
農業機械を目指す大手メーカーも数多くなり、
新しい農機具を開発して豊富に送り込んで
来るようになりました。
私も一農機店として各社の農業機械を取扱
い、農家の皆様のご支援のもとにご愛用願
って今日に至りました。
トラクターは国産としては最初のシバウラS型
がありましたが、外には国産は無く、輸入車
が何社か国内に出回って来ました。
私の店ではインターナショナルトラクターの代
理店として販売を行う一方ヤンマーでもYM18
型等の製造を始めたので併売いたしました。
現在は純国産として国内に輸出にと飛躍的
に伸びている農業機械の総合メーカーありま
す石川島芝浦機械(株)の4輪駆動を中心と
した10馬力から105馬力までのシバウラトラ
クターを自信を持って皆様にご愛用頂いてお
ります。
ここに創立35周年の記念式典を迎えるに当
り、皆様方の計り知れないご厚情に感謝申
し上げますと同時に、今後共一層のご指導
ご鞭撻賜ります様伏してお願い申し上げま
す。尚、皆々様のご健勝とご繁栄あらんこと
を御祈念申し上げます。
創立35周年に
あたって
代表取締役社長(当時)
中沢 政温
戦後の会社創成期
昭和50年代 社員旅行
ダウンロード
(昭和57年))
平成17年 勤続21年 荒木部長退職